藤田紀子 若い頃の仕事は女優!貴乃花も驚く体当たり演技とは?!【顔画像】

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藤田紀子の若い頃の仕事や顔画像などについてスポットを当てます!

 

 

日馬富士の暴行事件を受けて貴乃花親方に注目を集まっていることもあり、テレビでコメントする機会が増えた藤田紀子さん。

 

絶縁状態の息子・貴乃花親方とは12年も会っていないことが判明し、わが子を想う母親としての表情も見え隠れ…。

 

 

そして何と言っても、70歳とは思えない若々しさが際立っております。

 

関連記事:藤田紀子 目がおかしい,怖い?!離婚理由&貴乃花親方と顔を合わせない訳は?

 

 

ふと、そういえば藤田紀子さんは若い頃は女優でしたが、具体的にどんな仕事をしてたのかな?と気になりました。

 

ここで言う「若い頃」というのは、故・二子山親方(貴ノ花)と結婚して“女将さん業”をする前の話のことです。

 

 

色々と検索するうちに女優当時の顔画像も見つけましたので、合わせてご紹介します。

 

 

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藤田紀子 若い頃の仕事(女優)&顔画像は?

 

10代の頃からクラシックバレエをしていたことから、今でもペタンと開脚できるほど体が柔らかい藤田紀子さん。

 

若い頃の仕事は、女優・タレントでした。

 

50年前の1967年に 松竹へ入社し、女優デビュー。

 

当時の映画関係者の談によると“和製マリリン・モンロー”と言っていいほどの魅力&プロポーションだったという話です。

 

 

ファッションも花柄や原色系といった派手なデザインが好みだったそうで、街を歩くと男性がみんな振り向いたそうですよ。

 

…なるほど、現在、日馬富士の騒動で貴乃花親方のファッションも話題になってますけど、人の目を引く服装は“藤田紀子さん譲り”だった?!

 

 

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さらに当時は、あけすけに「ボーイフレンドが10人ぐらいいる」と語り、複数の男性と交際していた藤田紀子さん。

 

さぞかし、売れっ子女優で忙しかったのかと思いきや…

 

松竹時代は“端役専門”の女優だったみたいですね。

 

ライバルひしめく芸能界ですから、そこは厳しかったようで…。

 

 

大女優の座に駆け上がることはできませんでしたが、1967年に映画デビューした作品『雌が雄を喰い殺す 三匹のかまきり』では、藤田紀子さんなりのプロ根性を見せていました。

 

女優時代の若かりし藤田紀子さんの顔画像はこちらです。

 

 

 

 

藤田紀子 若い頃の女優時代に見せたプロ根性とは?

 

藤田紀子さんの女優当時の顔画像、いかがでしょうか?

 

当時は、本名であり旧芸名の「藤田憲子」を名乗っておりましたが…意外に普通の女性だ!と私は思いました。

 

“和製マリリン・モンロー”と聞いていたので、自分の中で期待値を上げすぎてしまったようです…^^;

 

 

藤田紀子さんといえば整形疑惑もありますが、まぁ、ここでは触れないようにします(笑)

 

しかしながら、上の画像ではわかりませんが、スタイル・プロポーションは素晴らしものをお持ちだったと推測しますよ。

 

 

そして、上述したように、初出演した映画『雌が雄を喰い殺す 三匹のかまきり』では、デビューしたての女優とは思えないプロ根性を見せつけます。

 

主人公の愛人役だった女優がドタキャンしたため、急きょ藤田紀子さんが抜擢されることに。

 

そのとき藤田紀子さんは「脱ぐのも平気です」と意欲的に語り、見事に主人公との濡れ場を演じきったといいます。

 

当時は女優であっても、多くの男性と付き合って“芸の肥やし”にする時代背景だったことから、藤田紀子さんも男性と食事・デートを重ねていたようです。

 

 

さらに、1968年のフランキー堺さんの映画『喜劇 大安旅行』では、無賃乗車を疑われるシーンで「そんなに疑うなら調べてよ」とスカートを自ら捲り上げる“お色気”も見せたとか…。

 

演技力のレベルはわかりませんが、体当たり女優だった様子はうかがえますね。

 

当時の映像・画像を検索しましたが、端役専門だったということもあってか、見つかりませんでした…。

 

 

 

ただ、若い頃は端役でしたが、今回の日馬富士騒動のニュースでは“主要キャスト”であることは間違いありません。

 

今後も登場する機会が増えるであろう藤田紀子さんに注目しましょう。

 

 

 

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