小林カウ 生い立ち,最期の言葉に震撼!ホテル日本閣事件の映画は?

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ホテル日本閣事件を起こした小林カウの生い立ちや最期の言葉、事件は映画化されてるの?…といったテーマでお届けしたいと思います!

 

 

9月22日の『爆報!THEフライデー』では、1960年代に日本を震撼させた『ホテル日本閣事件』の犯人・小林カウ(1970年死刑)が取り上げられます。

 

たびたびテレビに登場している事件ですが、私は“昭和毒婦”と呼ばれた小林カウという女性の、半笑いの顔画像が強烈に印象に残ってます。

 

 

女性がこれほどの事件を起こす背景には、どんな動機や出来事があったのか…?って、とても気になるんですよね。

 

ホテル日本閣事件を起こした小林カウの生い立ちや最期の言葉などを調べながら、勉強させていただきました。

 

 

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小林カウ(ホテル日本閣事件)の生い立ちがヤバイ!

 

栃木県・塩原温泉郷にあった「ホテル日本閣」(今はもうありません)で1960~1961年に発生したこの事件。

 

ホテル日本閣の経営者夫妻が命を奪われ、埋められるという残忍な犯行…それが、共同経営者だった小林カウと、雑用係の大貫光吉という男による仕業でした。

 

しかも小林カウは、前の夫も毒を盛って手にかけていたことがわかり、極刑に処されたのです。

 

 

小林カウの生い立ちや事件に至るまでの経過を辿ってみましょう。

 

 

●1908年、埼玉県・玉井村(現・熊谷市)の貧しい農家に生まれた(7人兄弟の5番目)

 

●小学校を卒業後は家事を手伝っていたが、都会への憧れから、10代で東京の旅館で働くことに

 

●1930年、22歳で見合い結婚して雑貨商を営むものの、その夫が病気持ちでビジネスは上手くいかず

 

●終戦後の貧しさの中、持病がある夫とともに、自転車タイヤをはじめ、コメ・砂糖など“闇物資”のブローカーといった様々なビジネスに手を出す

 

●次第に金を稼ぐのが上手くなる。物欲が強い小林カウには、愛人もいたらしい

 

●戸口調査のため訪問してきた交番の巡査(当時25歳)とも関係が“デキ”てしまう。当初は闇取引を隠すために巡査に優しく接したのだったが、互いに“本気”になり、関係が続く

 

●1952年、小林カウの夫が不審な亡くなり方をする。診断では脳出血ということだったが、小林カウと夫の派手なケンカが絶えなかったことから、近所からは疑いの目が向けられた

 

●巡査と同棲したが、2年で破局。卸のビジネスなどに精を出し、1954年に栃木県・塩原温泉郷に営業でやって来た

 

●塩原でのビジネスは順調。物産店&食堂のオープンが当たり、預金や資産を増やす

 

●旅館で働いたキャリアを生かし、温泉宿の経営にも興味を持つ。1958年、経営が傾いて売りに出ている「ホテル日本閣」の存在を知る

 

●ホテル日本閣の経営者夫妻と売買を交渉するものの、妻は条件に納得せず。夫の方は妻が邪魔な存在だったため、妻を追い出してくれれば、小林カウを後釜に入れてもいい―と約束

 

●そこで小林カウは、手懐けたホテルの雑用係・大貫光吉に、妻を亡き者にするよう指示。夫も加わり、3人で妻の亡骸を隠蔽

 

●ところが小林カウはこの夫に騙されており、旅館は競売にかけられることになっていた

 

●裏切られた小林カウ・大貫光吉はこの夫をあやめる…が、1961年、事件がバレて逮捕となった

 

 

…以上、小林カウの生い立ちを掴みやすいように箇条書きにしましたが、ざっと見ただけでも、波乱万丈といった感じですね…。

 

 

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ホテル日本閣事件の犯人・小林カウの最期の言葉に震撼!

 

ホテル日本閣事件の犯人・小林カウの生い立ちや事件のあらましを振り返りました。

 

もう一つ、私が気になるのは、小林カウの“最期の言葉”です。

 

凶悪事件を起こした犯人の最期の言葉というものに、私は興味がありまして…。

 

ヤバイやつだ!とか思わないでくださいね…^^;

 

 

もちろん、小林カウの行ったことは決して許される行為ではありません。

 

ただ、日常では考えられない凶悪事件を起こす人の思考回路って、どうなっているのかしら??と、私のような人間は疑問に感じるわけです。

 

良くも悪くも、世間を騒がせる人って、頭が良かったりするじゃないですか。

 

 

で、小林カウの最期の言葉を調べてみますと…

 

思い残すことも言い残すこともありません

 

…意外に普通でしたね。

 

潔ささえ感じられるような。

 

 

 

もう少し調べてみますと、こんな言葉も出てきました。

 

捕まったということは、事業に失敗したのと同じだと思います

 

 

逮捕後、検事に対して放った言葉みたいですが、これは怖いですね!

 

この言葉こそ、小林カウの人柄を表しているような気がします。

 

戦後復興が進む日本にあって、みんなやっぱり、生きていくことに精一杯だった時代だと思うんですよ。

 

 

小林カウにとっては、社会で働く術を覚え、自分の手でビジネスをつくり、名前を売って大きくなる理想像を描いていたのでしょう。

 

まさに人生をかけた大仕事、利用できるものは何でも利用し、邪魔なものは蹴散らしながら成り上がっていく、歩みが止まるときは命を落とすときだ…。

 

…まぁ、これは私の個人的な見解ですが、そんな風に読み取った次第です。

 

 

とにかく、生きていくために本気(マジ)になった女性は怖い!ということですね。

 

 

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ホテル日本閣事件&小林カウの映画はある?

 

ホテル日本閣事件や小林カウを題材にした映画はあるのかな?というのも気になりました。

 

 

1969年のオムニバス映画『明治大正昭和 猟奇女犯罪史』の中にある『東洋閣事件』という作品が1作目でして、藤江リカさんが小林カウをモデルにした主人公を演じています。

 

…と言いますか、このオムニバス映画のタイトルがまた内容を知りたくさせますね~。

 

…やっぱり、私はヤバイやつですか?笑

 

 

そして、1984年の映画『天国の駅 HEAVEN STATION』も、ホテル日本閣事件をモチーフにした作品。

 

吉永小百合さんが小林カウをモデルにした主人公を演じ、上述した25歳・巡査を演じたのが三浦友和さん。

 

愛人関係をどのように演じたか、非常に気になります…。

 

 

あとは、テレビのバラエティ番組などの再現ミニドラマが作られています。

 

機会があれば、ホテル日本閣事件を題材にした映画を観てみたいですね~。

 

…いや、でも、観ちゃったら小林カウの世界に引き込まれそうなので、調べるのはやめることにします(笑)

 

 

 

さて、あえて記事の最後に持ってきましたが、ここで小林カウの顔写真をご紹介します。

 

 

 

 

どうでしょう?

 

小林カウの生い立ちやホテル日本閣事件の内容を読んだ後で、この半笑いの表情を見ると…。

 

やっぱり怖いですね!

 

 

 

怖い事件といえば、こちらの記事もよろしかったらご覧ください。

 

西口彰 生い立ち,子供の現在は?通報少女に宛てた手紙がコワい!(画像)

 

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